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Famousを作り続けて半世紀 三ツ葉楽器 〜生きるチカラを与えてくれたもの〜 KIWAYAと共に歩み「Famous」ウクレレを生産する三ツ葉楽器。 こちらでは、KIWAYAと共に「ウクレレ冬の時代」も生産を続けた盟友・三ツ葉楽器のウクレレに対する想いをご紹介して参ります。 |
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| 群馬県の通称「家具団地」と呼ばれる前橋市・上大島町にFamousウクレレの生産拠点・三ツ葉楽器があります。 同社の歴史は古く、前身の「三ツ葉工芸」を引継ぎ、昭和39年創業。昭和20年代は小学校の音楽授業向けの木琴が主力で、月に1万5千本を販売していました。昭和30年代に入り、ウクレレの生産を開始。 ハワイアンブ−ムの最盛期には、ウクレレの製造本数が1万本を突破し、北米に輸出していたこともある程でした。 そういった中にキワヤ商会のオリジナルブランド「Famous」もありました。しかし、昭和40年代に入り、ハワイアンブ−ムが去ると受注は激減し、国内のウクレレメ−カ−は次々と姿を消していきました。気がつけば、国産ウクレレはFamousただ一つだけ。三ツ葉楽器も主事業を楽器から「すきま家具」製造に移していきます。 ウクレレは生産しても売れない状況が続き、三ツ葉楽器社長・金井孝志氏(当時)は、「Famous」の生産中止、家具事業に特化すべきか否か選択する局面に立たされます。そんな時に金井社長は学校教諭向けの機関誌に掲載されたある記事を目にします。 そこには、ハンディキャップを持った生徒たちがウクレレを通じて、音楽を演奏する喜びを知り、生きていくことに喪失感を抱いていた彼等が、自信を取り戻したとありました。「これからもウクレレを演奏しあう事で、子供達に生きるチカラを与え続けていきたい」 そう締めくくられた記事を読んで、金井社長は決心します。「三ツ葉にとって、今は足をひっぱるウクレレでも、ウチが作らなくなれば国産のウクレレは無くなってしまう。そんな事になったら、喜んでくれたあの子供達にウクレレの素晴しさを伝えることができなくなってしまう」 こうして「Famous」は生産中止の危機を免れ、三ツ葉楽器の下、地道に生産が続けられていくことになりました。 Famousのモットーは「価格が手ごろで、価格以上の品質。そして誰でも手に取れる国民的な楽器」である事。 それは、「国産品として恥じない品質と音の良さ」を兼ね備えることも意味しています。 ![]() ウクレレの製造をやめることなく、長年生産を続けてきたおかげで、三ツ葉楽器には、様々な製造ノウハウや技術が蓄積されていきました。 それは、結果的にブランドの商品力を高め、Famousは、ハワイアンやウクレレブームの再来と共に国産の普及品ウクレレとして確固たる地位を築くこととなりました。 “ウクレレを愛してくれた人達がFamousに生きるチカラを与えてくれた”のです。 |
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| 三ツ葉楽器:http://www.mituba-kk.com/ | ||
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