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キワヤ商会88周年に感謝を込めて 株式会社 キワヤ商会 代表取締役社長 原 京子 |
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キワヤ商会は本年、2007年で創業88周年を迎えました。祖父(岡本喜太郎)が蓄音機・レコード針の修理などで起業し、父(岡本良二)の代に楽器卸売業として、さまざまな楽器の販売を行ってきました。 この88年の間にずいぶんと世の中も変わりました。 祖父の時代は戦後の復興期で、レコードから流れてくる音楽を聴くことで人々は「勇気」や「希望」、「夢」などを感じていたのだと思います。 開けていく日本に明るい未来を夢見て、朝から晩までがむしゃらに働き続け、時にレコードから流れてくる歌声に耳を貸し、口ずさみ「音楽を聴く」ことで、心が晴れ、活力になった時代だったかと思います。 父の時代は高度成長期にかかり、生活も文化もぐんぐんレベルが上がった時代です。 学校の音楽教育に楽器が導入され、聞くだけではなく、奏でる楽しみも加わり、「音楽」が大変身近になりました。 木琴・ハーモニカ・たて笛・鍵盤楽器など、ほとんどの子供に楽器に親しむ機会が与えられました。 教育熱心な家庭では、「読み書き(習字)」「そろばん」「音楽教育(ピアノ)」が、当り前で、かく言う私も習い事として3つとも通わせていただきました。音楽のジャンルは時代と共に変化したので、そのつど「流行」の楽器はありましたが、楽器を楽しむ人口は、今よりもっと多かったように思います。 さて、現代社会・とりわけ日本においては、モノが溢れ、便利になり、物質的には大変豊かになりました。 デジタル情報化の流れはゆとりとは裏腹に社会に猛烈なスピードで変化する事を求め、人々にとって、なんともストレスが多い世の中になってきています。売れないモノ・人気のないモノはすぐに淘汰され、次から次へと新しい商品やサービスが出てきては消えるそんな時代となりました。 ウクレレは長い間、売れない「冬の時代」がありました。しかし、父はウクレレをあきらめませんでした。 なぜ父はウクレレの販売をあきらめなかったのか? 日本でウクレレが製造できる工場がなくなることを恐れ、三ッ葉楽器(金井社長・2007当時)やナカニシウクレレ(中西清一氏)とともに必死にウクレレを作り、売り続けた・・・。ウクレレで奏でる音楽が忘れ去られてしまうことを危惧し、渡辺直則先生(日本ウクレレスクール主宰)やハーブ・オオタさんをはじめとした多くのウクレレ奏者たちと親交を深めていった・・・。 色々な理由が考えられますが、最近、私は、色々な楽器がある中で「ウクレレ」でしか伝えられない「ウクレレという楽器の使命」を後世に残すために父はがんばったのだと確信するようになりました。 今こそ「音楽の効用性」や「ウクレレの効用性」を伝えていく時代です。 子供から高齢者の方々まで、そして何かしらの障害を抱えている方やメンタルな面で深い悩みを抱えている方のリハビリや癒しとなって、「生きる勇気や希望」を生み出す力のキッカケになれないか・・・。 そんなことを思いながら、ウクレレの持つ、包容力・手軽さ・ぬくもり・癒し・健気さ・明るさ・創造力・音楽性を広く伝え、普及していきたいと考えております。 発売当初、最後発のブランドとして登場し、そのまま長い冬に突入したウクレレ「Famous」は半世紀を越し、今年52年を迎えます。皆様ユーザーのご愛顧により、名前の通り、日本では「有名(フェィマス)」になりました。 ハワイに負けず劣らないくらいウクレレという楽器を愛する日本のウクレレファンのおかげで、ウクレレは、大変ポピュラーな楽器に育ちました。これはひとえにウクレレを愛してやまない皆様方の応援があってこそだと思います。ここに感謝と共に深くお礼を申し上げ、創業100周年を目指し、「ウクレレの使命」を広く世界に普及するため邁進していく所存です。 引き続き、皆様がたのお力をお借りしたく、ここにお願いする次第です。 末筆になりましたが、このように現在ウクレレが普及した背景には、「長い冬の時代」を乗り切った様々な方々のご尽力があってこそだと存じます。 ここに改めて、敬意と感謝を持ってお礼を申し上げます。 今後とも「ウクレレのある豊かな暮らし」"Offering happiness through the ukulele"を社命にウクレレ文化の継承と普及に邁進してまいりますので、ご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。 |
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| 2007年4月吉日 2008年4月改訂再掲載 |
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